日本では、勉強は大学に入るまでの、生徒のレベルの振り分けのためにするものです。
つまらなくても我慢して、出来るだけ良いとされる大学に入るためにするもの
とされています(韓国や中国でももっとヒドイようです)。
英数国社理など5科目か、3科目それが受験勉強の内容です。
しかし、これって変じゃありません?
本来勉強とは長い人生で役立つこと、人生の楽しみを知ることがあるべき姿です。
@高校までの勉強を無理してやっている間に抜けていることがたくさんあります。
―仕事観が無いこと:仕事・職業は一生を左右する大事なことですが、高校までは何も教わってわっていない、大体先生が知らない。大学3年生くらいになって就活を始める。大卒から40年以上も仕事生活がはじまるのに。面接のしかたなど就活で急に教わって、何を見せようというのでしょうか。
―会社のとこを教わらない:どんな業種があってどんなことをするのか、中小企業と
大企業の違いは何か、ベンチャー企業は何かを教わらない。
―理想的な人生を歩んでいる人の見本(ロールモデル)が無い。
―一生を左右する一回だけの入試:落ちた、受かったことに関する一生にわたる優越感や劣等感を醸成する無意味さ:別の指標もあり得るし、人生の別の時期における試験の機会が無いので、能力を判断する基準が18歳の時に決まる愚かさ。
―勉強は一生するものだとの意識の無さ:日本人は社会へ出てから勉強しない。大学は本来いつ行っても良いし、何度行っても良いものだ。(注1)
―大学への志望動機のあいまいさ:何を勉強するのかわからないで学部をきめなければならないこと。
―人生で大事な健康や体のこと、医者や病院のこと、社会保険制度のことを教わらない。
―恋愛や結婚(性のこと)を教わらない:名門女子校生、男子校生徒は付き合いのしかたを知らずに相手を外見だけで判断してしまうとのこと)。
―経済のことを教わらない:一生の収入、家や不動産、株式、老後の生活などは生活の基盤だが、教わることはない。
―幸福論、つまり人生で何が大事で、人間の幸福とは何かということを考える機会がない。(注2)
―社会と自分を考える機会や姿勢の無さー日本の政治家の国際的に見ると資質に圧倒的に劣る。
―スポーツや音楽や美術など芸術の楽しみを教えない。
―文学や映画などの意義を教えない:故につまらない人間を多出している。
―人間関係のありかたを教わらない:人間関係の悩みが日本の会社では多い。
(注3)
―宗教のことを教えない。そのために多くの人が簡単に新興宗教に入ったり、悩み
の解決に宗教を頼りにしてしまう。(注4)
@現在の日本の受験体制の最大の欠点は、人生を考えることが無くて、与えられたものを受容してしまう姿勢です。
勉強とはそんなものだと考えている時点でそうした考えが育成されています。
従順で規則を守る日本人。外人観光客は驚きます:車が通っていなくても信号が赤で
あれば止まっているのは、日本人だけです。
―恐ろしいのは、以上のようなことは、大学に入っても教わらないのです。何となく即興で自分で行動し、失敗して覚える時にはかなりの時間を浪費しているのです。
@中江兆民:『一年有半』 (古典新訳文庫) 光文社 2016年
『わが日本、古(いにしえ、昔)より今にいたるまで、哲学無し。すべての病根これにあり』―この事実は今に至っても変わりが無いようです。
@藤原正彦:『若き数学者のアメリカ』新潮社 1981年 p251~p254
以下は長い引用です:
それは彼ら(米国人)が、高校時代までに勉強らしい勉強をほとんどしていないということである。大学初年級の学生たちの数学、歴史、地理、科学一般に関しての知識は驚くほど乏しい。嘆かわしいほどだ。
では、小学校から高等学校まで学校では何を教えていたのだろう。
アメリカの学校では、知識を詰め込むよりも:
―いかに他人と協調して仕事を進めるか
―いかに自分の意思を論理的に表明するか
―問題に当面した時、どう考え、どう対処して行くか
―議論において問題をどう掘り出し展開するか
などといった基本的なことに教育の重点を置いているらしい。
彼らが日本の学生に比べて知識においてかなり見劣りするのに、精神的にははるかに
成熟しているように思われるのは、面白い現象だ。問題なのは、この差異が学生間だけに
とどまらず広く一般人にも認められることだ。
暗算がロクに出来ない主婦でも、考えることが驚くほど堅実でしっかりしているし、政治家やスポーツ選手などのインタビューを聞いてみても確かに明晰で、筋の通った話をする。
平均的な日本人とアメリカ人を集め、知識に関する試験をしたらアメリカ人が劣等に見えるだろうし、話し合いになったら日本人はまるで太刀打ち出来ないだろう。
この差が教育によるところは明らかである。
どちらの教育にも一長一短はあるが、一つだけ感ずることは、知識というものは必要になれば学校で教わらなくとも自然に見についてくるものであるのに反し、論理的な思考方法とか、表現方法は、若い時に身につけないと後になってはなかなか難しいということだ。
しかし、この問題は、日本では受験地獄という社会現象と密接に関連しているのできわめて複雑であろう。
このように、高校までの段階で、いわゆる勉強をしていないので、大学に入ってくる時には、勉強というものに憧れに似た気持ちを抱いている者が多い。日本での新入生のように受験勉強で疲れ果てているなどということがない。だから実に精力的に勉強を始める。
以上引用終わりです。
@何もアメリカの教育制度が、すべて素晴らしいというわけではありません。
従来の日本の受験制度は、「欧米に追いつけ追い越せ」の思想の下に出来た古い制度で昔からやってきたことを踏襲してきたので、すっかり錆びついているのではないか、これからは、勉強は役立つこと、楽しいことを中心に一生するものであることを前提にすべきだと私は考えます。